2012年 04月 07日
◆延勝寺 延勝寺の境内は広大で、現在の勧業館の西、疏水沿いを東北端として、西は二条通の西方、南は現在の疏水最南端(仁王門通)付近とみられている。
六勝寺のうち最後に建てられた延勝寺は、近衛天皇の御願寺として、1149年に完成した。金堂、塔、一字金輪堂、廻廊などからなり、後に平忠盛により、九体阿弥陀堂が近衛家から移築・改築された。
しかし、中世の兵火などで焼失し、その後廃絶した。
◆得長寿院 得長寿院(とくじょうじゅいん)は、鳥羽上皇(1103-1156)の御願寺だった。平忠盛(1096-1153)が1132年に岡崎徳成町付近に建立した。白河南殿の東に千体観音堂(三十三間堂)が建てられ、十一面観音、等身聖観音千体が安置されていた。
当時、三十三間堂は蓮華王院(三十三間堂)とともに二つ存在した。なお、後白河院は、父・鳥羽上皇の得長寿院三十三間堂を参考にして蓮華王院(三十三間堂)を建立したとされている。1185年、得長寿院は地震により倒壊し、以後廃絶した。
平安時代、1077年、第72代・白河天皇の法勝寺(左京区岡崎法勝寺・南御所町など)が建立される。「国王の氏寺」と呼ばれた。
1083年、八角九重塔(80m以上)が建立される。
1185年、地震で九重塔以外の大半の建物が倒壊した。
1095年頃、白河南殿が創建される。
1102年、第73代・堀河天皇(1079-1107)の尊勝寺(最勝寺町・岡崎西天王町)が建立される。
1118年、第74代・鳥羽天皇(1103-1156)の最勝寺(最勝寺町)が建立になる。白河北殿(白河泉殿)が創建される。
1128年、待賢門院(1101-1145)の円勝寺(岡崎円勝寺町・岡崎成勝寺町)が建立された。
1132年、鳥羽上皇の得長寿院が建立となる。
1139年、第75代・崇徳天皇(1119-1164)の成勝寺(岡崎円勝寺町・岡崎成勝寺町)が建立となる。
1149年、第76代・近衛天皇(1139-1155)の延勝寺(岡崎円勝寺町・岡崎成勝寺町)が建立された。
1156年、保元の乱により崇徳上皇の方の本拠となった白河北殿は焼失する。



さて 私 月曜日から 手術で 入院いたします。 「 これからさくら満開だというのに ! 」
老鶯7



















